創作メルヘン 「送ろうわい」
どこかで電話が鳴っていた。
ひとたび電話が鳴るや、競うように受話器を取って、決まり文句の口上を言う職場にも、チミは、もうすっかり慣れてしまった。ただ、今は、そんな時間をとうに過ぎた帰り道、チミは、受け手のいない呼び出し音を、心地よく聞き流しながら、アパートの前まで来た。
「えっ、やだ、うち?」
チミは、階段を駆け上がった。ポケットの中を探りながら走った。こんな時に限って、鍵は、なかなか指先に当たらない。電話は明らかに、チミの部屋で鳴っていた。ようやく鍵を取り出したが、ドアが開くと同時に、電話は切れた。重く冷えきった空気の中に、チミはひとり、取り残された。
チミは腕時計を見た。こんな半端な時間にかけて来るなんて、ばあちゃんに違いない。チミは、ストーブをつけ、受話器を取り上げた。
「もしもし、あ、ばあちゃん? 今、電話せんかった?」
「あ、チミちゃん? まだ帰っとらんのか思たんよ。」
「うん。ちょうど今、帰ったとこよ。今時分やけん、きっとばあちゃんやろ思たわ。」
「あのな、美味しいお蜜柑をもらったんでな、明日、送ろうわいね。」
「送ろうわい、送ろうわいって、なんもかんも送らんでも、美味しかったら、ばあちゃんが食べたら良かろ?」
「ほうじゃけど、だいぶじゃけんな。食べ切れんけん。」
「ありがとう。なんや知らん、いつまでも寒いけん、からだ、気ィつけてな。」
「そっちは、まだ寒いん? こっちは、桜、咲きよるのに。そら、おおごとじゃ。帽子編んで、送ろうわい。」
「あっ、ばあちゃん・・・」
電話は切れた。
数日後、箱一杯のお蜜柑が届き、一週間ほどして、若草色の毛糸の帽子が送られてきた。
「もう、ばあちゃんたら・・・。帽子は好かん言うとるのに・・・。」
チミは、帽子が苦手で、子供の頃から、かぶったことがない。ばあちゃんは、忘れてしまったのだろうか。よく見ると、ところどころ編み目がとんでいた。昔から編物自慢だったばあちゃんの作品の、ほつれ目が痛々しかった。チミは、ほどけそうなところだけ、粗く繕って、ベッドの脇に置いた。
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